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不平等こそが善であり、平等は悪
Wiki 大森勝久 より抜粋
大森 勝久(おおもり かつひさ、1949年9月7日 - )は、新左翼の元活動家で、北海道庁爆破事件の犯人として死刑判決が確定した死刑囚(本人は冤罪を主張)。日本建国に遡って全面否定する新左翼思想に「反日亡国」と定義付けたことでも知られる。現在は保守思想(彼の言葉でいえば「真正自由主義」)に転向している。
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大森勝久評論集 私の思想的転向より抜粋
http://1st.geocities.jp/anpo1945/watashinoshisoutekitenkou.html
はじめに

 私は獄中で左翼から真正な保守主義者(真正な自由主義者)に転向した。私を知ってもらうためにも、保守派に左翼について理解を深めてもらうためにも、また心ある左翼自身にも自らを顧みて真剣に考えていってもらいたいと思うので、私の転向のプロセスや当時の思い、また左翼思想の誤り等について書いていきたい。
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平等思想は謀略思想である

 私は極めて長期間、平等思想に支配されて革命運動を行い、祖国と国民に敵対してきてしまった。この罪は自分の活動によって償っていかなくてはならない。日本では真正な保守主義の言論が非常に弱い。だから左翼が強いということになっている。私は微力であっても、保守主義の主張を展開し、また左翼思想の誤りを明らかにして、日本に少しでも貢献していきたいと決意した。民族派の誤りについても明らかにしてきたいと考えた。ここでは、私が長らく関わってきた左翼思想の誤りについて再度述べよう。

 人間(国民)は生まれた時から異なっている。男と女は違うし、同性でも相互に差異がある。成長するにつれてますます差異は大きくなっていく。つまり人間は本質的に不平等なのである。もし平等であったならば個性もなにもないロボットになってしまう。人間の社会は上下の秩序によって形成されている。家庭でも学校でも企業でも国家の機関でもそうだ。上下の秩序とは不平等ということである。もし政治社会、経済社会に平等な関係を要求したら、社会は瞬時に崩壊し、社会そのものが形成できない。人間はバラバラの個となり、人間ではなくなってしまう。

 国民の自由は、不平等性の承認が前提になっている。ある人は政治家になりたいと思う。ある人は軍人になりたいと思う。またある人は学者になりたい。企業経営者になりたい。野球選手になりたい。歌手になりたいという人もいる。千差万別である。考える内容も異なる。平等が強制されたら国民の自由は否定されてしまうのである。それは人間であることの否定だ。自由は不平等原理に基づくものなのである。

 国民個人に能力の不平等性があり、努力の程度にも不平等性があり、また運にも不平等性があるから、経済活動の結果としての所得やその累積たる富が不平等になるのは自然なことなのである。不平等であることが公正であり正義である。古いアイヌの社会やアメリカインディアンの社会でも、家族の能力の差によって経済的な不平等が自然に生まれていた。私が革命幻想に支配されて勝手に「平等な社会だ」と解釈しただけであった。能力と努力と運が異なる個人・家族に対して、所得や生産物の平等な分配を求めることは、それこそが不公正であり不正義である。逆の意味での不平等なのである。

 自由の基礎は、私有財産制(生産手段の私的所有)と自由主義経済つまり市場経済である。この時に国民には、生活の糧を得るための経済的な自由が保障されることになる。経済的自由がない体制では、政治的な自由も存在しえない。共産党が独裁支配する共産主義国家では、生産手段の全てを国家が独占所有するから、国民は国家から離れたら生活の糧を手に入れることができない。経済的自由が全くないのだ。そのような時、国民に政治的自由が認められる道理はない。国民は奴隷と化することになる。今日のロシアや中国は西側自由主義国のような市場経済ではなく、国家統制型の「市場経済」である。

 自生的な制度である日本国家や天皇制や私有財産制度や市場経済等は<法>である。また古くから真理、道理として伝承されてきたもの、例えば国家には自衛権(個別的・集団的)があるとか、男女は異なる、人間は不平等である、経済的な不平等は自然であるとかも<法>である。国民が世襲してきた自由、つまり生命や身体や財産の自由とかも<法>である。そういう<法>を発見して明文化したものが正しい憲法である。<法>に反する憲法条文は無効である。「<法>→正しい憲法→正しい法律」の支配という「法の支配」が貫撤している国家が、文明国家である。法は国家権力も支配する。法こそが「主権者」であるといってよいだろう。私たちはこの法の支配を堅持することによって、日本国家の安全と存続を守り、国民の権利・自由を守っていくのである。もちろん国際法を守り、侵略を否定する。真正な保守主義(真正な自由主義)とは、祖国と法の支配を守っていく立場をいう。

 自由は法の支配があって保障されるものであり、不平等原理から生まれるものである。自由と平等は敵対しているのである。唯一正しい平等は、「法の前の平等」だけである。

 左翼思想の根本は「平等=善、不平等=悪」の平等思想である。私はこの平等思想に洗脳されて、日本の法をブルジョア法だとして否定し、日本の政治社会と経済社会を否定し、日本国家そのものも否定し、また国際法も否定して、新世界秩序を創造するために世界革命・反日革命を目指していったのであった。「平等と真の自由が実現される世界共産主義社会の建設」であった。しかし抽象的に述べれば、平等と自由が共に実現される社会など絶対にありえないのである。平等の実現は自由の死である。平等の実現は社会の否定である。しかし人間は社会なしでは生存できないから、結局、共産党が自由ゼロの奴隷的国民を支配・収奪するウルトラ不平等社会が誕生することになるのである。日本には多くの欠陥はあるが、その何万倍も酷い独裁国家が作られていくことになるのである。地獄への道は、主観的な正義感や善意で敷き詰められている。

 左翼の根本思想は転倒している不平等こそが善であり、平等は悪なのである。しかしこの真理はほとんど理解されないのである。「平等=善、不平等=悪」は強力なスローガンである。平等思想は大衆のさもしい妬みを増殖させていく。言葉の正しい意味での社会のエリート層に対する敵愾心を大衆に植えつけていく。国家社会を憎悪させていく。平等思想はまた未熟なインテリの正義心や善意を刺激して、国家社会とエリート層を価値否定させていく。その上に「階級国家論」「階級支配論」「搾取理論」「帝国主義論」「ブルジョア法論」等々の虚偽理論をプロパガンダされると、左翼は現体制否定の感情に理論的な裏付けを与えられるから、革命運動を実践していくようになるわけである。

 今日の日本の政治社会、経済社会は不平等であるが、不平等は支配や搾取とは全く別の概念である。左翼は「不平等=支配」「不平等=搾取」と錯覚させられている。それが「階級国家論・階級支配論」「搾取理論」という嘘理論である。「私の左翼時代-洗脳されて革命運動に参加」という文で書いたように、今日の日本には階級支配などないし、日本の資本主義に搾取はない。日本は帝国主義ではない。戦前昭和期の日本が全体主義の帝国主義だったのは、日本の法の支配を否定し、国際法を否定する革新=左翼体制の国家だったからである。左翼は、平等思想と前記した虚偽理論のレッテル貼りによって「捏造された日本像」を、現実の日本国家社会の実体だと思い込まされて、日本の体制や日本そのものを憎悪させられているのである。洗脳である。かつて左翼であった私が言うから間違いない。しかし洗脳されている本人には、このことが全く分からないのである。洗脳の恐ろしさである。

 平等思想、左翼理論は、国民を独裁支配し世界を独裁支配したいと思ったマルクスやレーニンやバクーニンや毛沢東らが作りあげた謀略思想である。法の支配を否定するのが革新=左翼である。法の支配があって初めて国民の権利・自由は保障される法の支配を否定したら、独裁国家が出現するだけである。左翼の人々には真剣に考え続けていって欲しいと思う。

おわりに

 私の思想的転向のプロセスを書いた。左翼のほとんどは日本革命派であるから、彼らの理論と反日革命を目指した私のそれでは、異なる部分も多い。しかし基本的な理論は共通している。私が左翼思想の誤りを自覚して否定するのに、こんなに長くかかってしまったのは、「平等=善、不平等=悪」の平等思想の誤りと、「日本は資本主義的搾取と階級支配がなされている国であり、対外的には帝国主義国である。だから我々は革命によって、現在の経済制度と政治制度を打倒して新しいものに転換して、搾取と政治的支配と対外的侵略(経済的・政治的)のない、共産主義社会を建設していかなくてはならない」という思想の誤りを、認識して自ら否定していくことが、一旦これに洗脳されてしまった者にとっては、いかに困難であるのかを示しているだろう。

 保守派から、左翼を解体・変革していくための思想的、理論的な批判はほとんどなされてきていない。国民の一部分が、左翼思想に洗脳されていくのを防止するための思想的、理論的な活動はほとんどされてきていない。保守派自身がそういう思想と理論をちゃんと持ち得ていないのである。左翼思想を明確に否定しえないということは、保守思想自身の未熟さの現われである。第四節に述べたような思想や理論は、本来学校教育の中でも教えられなくてはならないものである。
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注)色字、アンダーラインは私が付け足したものです。

ブログの記事づくりのためにネットを検索中、偶然この大森勝久評論集を見つけました。
私は大森氏の『不平等こそが善であり、平等は悪』 『法の支配』 に強く同意します。
左翼であった大森氏の言葉だけに説得力があります。
真理、本質を言い当てています。
以下の文がそれを証明してます。

シオン長老の議定書 第一議定より抜粋
http://hon-ga-suki.at.webry.info/200802/article_4.html
われわれが”自由・平等・博愛”なる言葉を民衆に放ったのは、古代のことである。 それ以来この標語は、無意識のオウム返しで何度となく復唱され、世界の幸福と個人の自由を破壊してきた。 賢明な非ユダヤ人の識者たちは、この難解な言葉を正しく理解することができなかった。 標語の内に含まれている矛盾を看破することができなかったのである。 彼らは、「自然」には自由はなく、「理性と性格と不平等」が法則となっていることに気づかなかったのである。
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現在、多くの日本人は平等が良い事だと思い、無意識のうちに左傾化しています。
このままでは日本人は日本を解体する工作員になり下がってしまいます。

しかし日本人に自らが日本を破壊しているという意識はありません。

地獄への道は善意で舗装されている

意味 良かれと思って行ったことが悲劇的な結果を招いてしまうこと。
    または、悲惨な出来事が皮肉にも善意の行いが発端となっていることを言う。

日本人が平等思想の罠に気付いてくれることを切に願います。

【重要】カテゴリ内の『正しい理解のための陰謀論入門』を見てください。

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by sikousuru-nippon | 2009-12-14 14:47 | 根源的な罠